FILE2008 report

2008年9月5日金曜日

FILE2008 report

去る8月に開催された、ブラジルのメディアアートフェスティバル「FILE Sao Paulo 2008」にて、ネットアートプロジェクト「Archidemo - Architecture in Metaverse」の展示、そしてシンポジウム講演を行ってきました。そのレポートをお届けします。



FILE(Electrical Language International Festival)は、ブラジルで開催されるメディアアートフェスティバル。サンパウロ・リオデジャネイロ・ポルトアルグレなど、ブラジルの大都市を巡回して開催されます。今回、私はサンパウロで開催されたFILE Sao Paulo 2008に参加しました。まずは日本・ブラジル間の距離を実感していただくために旅程の紹介から。


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日本からロスアンゼルス経由、乗り換え時間を入れて30時間以上掛け、サンパウロのグアルーリョス国際空港に辿り着きました。一日半シートに座っているわけで、機中眠れるとはいえ、到着時はさすがにへとへとです。



サンパウロは非常に大きな都市で、大サンパウロ圏の人口は約1,100万人以上。しかも、さらに増え続けていると言われています。地震の無い土地柄から、多数の高層ビルが新旧取り混ぜて森のように立ち並び、しかしその足元には路上生活者が多数生活している。仮設トイレが多数立ち並ぶ広場など、東京の街並みに慣れた眼にもまさに「異国」、急成長中のエネルギーに満ちた都市でした。

またガイドのかた曰く、ブラジルは「人種差別がまったく存在しない」国とのこと。市内の憩いの場であるイブラピエラ公園で、さまざまな人種の若者たちが一緒にピクニックを楽しむようすが印象に残っています。ポジティブな「分け隔てのなさ」「こだわりのなさ」がこの国の人々の強みかも知れません。これはFILEフェスティバルの魅力にそのまま繋がっています。

サンパウロには約62000人の日本人が居住するリベルダーデ(日本人街)も存在することから、特に日本人にとって馴染みのある都市とも言えます。実際、宿泊したホテルのフロントのかたも日本語OKで、それほど不自由なく過ごすことができました。とはいえ、ブラジルの大都市圏、特にサンパウロは治安が決して良くないという事前情報もあり、少々緊張しつつ会場に向かいました。

会場はSESI Art Gallery。市内の目抜き通りであるパウリスタ大通りに面し、サンパウロ美術館のほぼ向かい側に建つ、モダンな雰囲気の建物です。平日の昼間にも関わらず、老若男女問わずかなりの数の人が来場していました。



FILE2008 Sao Pauloでは、ネットアート展示のFILE media art、インタラクティブアートを展示するFILE installations、ゲーム展示のFILE games、各国からアーティストが集まり講演を行うFILE symposium、そして映像祭であるFILE Hypersonicaが同時に開催されました。期間は8/5~8/31までと、かなり長期に渡るフェスティバルです。

ワンフロアの会場全体にわたって、FILE installations、FILE media artの作品群が展示されています。「FILE media art」のネットアート作品群はPC群で実際に体験することができます。私の出展作品「Architecture in Metaverse」はここで展示されていました。



インタラクティブアートの展示である「installations」コーナーで注目を浴びていたのは以下の2作品。松尾高弘さん(日本)の「FANTASM」、そしてJulio Obelleiro + Alberto Garcia(スペイン)の「The Magic Touch」です。





「FANTASM」は、アルスエレクトロニカやSIGGRAPH2008でも展示された作品。赤く発光するボールの動きに連れて光の蝶が舞い踊ります。この作品が持つ日本的で静かな雰囲気は、現地のひとびとの人気も集めていたようです。私と同行したパートナーは浴衣を着ていたので、展示スタッフの人たちかかなり喜んで写真を撮ってくれました。



「The Magic Torch」は、光を放つトーチを振り回すことで、スクリーン上に宇宙空間やキャラクターなど、さまざまな映像がインタラクティブに展開していくコミカルな作品です。会場が暗かったため写真がうまく撮れていませんが、2006年のアルスエレクトロニカでの展示のようすをYouTubeで見ることができます。今回の展示では2年の時を経て、さらに色々なギミックが加えられていました。

以下は、会場内のようす。日本のメディアアートフェスティバルと比べて、来場者の皆さんが笑顔で(中には大笑いしながら)楽しんでいるようすがとても新鮮でした。




先端テクノロジーを活かしたアート作品を展示する「FILE Innovation」コーナーは、SIGGRAPHのE-techに相当します。そのなかで私がもっとも楽しめたのはこちらの作品、Steger produção de efeitos especiais ltda.(ブラジル)による「Simulador de Ondas e Simulador de Turbilhao(波のシミュレータと回転のシミュレータ)」。



テーマそのものはとても専門的。しかし、体験した来場者は皆、つい笑ってしまう楽しい作品となっています。見た目といい音といい、まるで、透明な洗濯機のなかを覗いているような体験でした。

会場にいるスタッフは、さすがブラジルというべきか、たいへんフレンドリー。来場者がぼーっと立っていると、必ずにこやかに話しかけ、作品の楽しみ方をナビゲーションしてくれます。会場全体が和やか、楽しげな雰囲気に包まれていて、来場者も「美術展示の鑑賞」というよりは「遊園地に遊びに来ている」ような感覚で楽しんでいました。子どもたちも、はしゃぎながらまさに「遊んで」います。




こんな活き活きとしたアートフェスティバルを、1ヶ月間ゆったりと、しかも無料で楽しむことができるブラジルの人々をとても羨ましく感じました。当日はテレビ取材も入っており、下のムービーで番組をみることができます(ポルトガル語)。



さて、展示を楽しんだあと、今度はFILE Symposiumに参加です。シンポジウムは展覧会と同じSESI Art Galleryの上階にて行われます。



シンポジウム会場はそれほど広くはなく、上階にある割にアンダーグラウンド(?)な雰囲気。開場まえにFILE事務局のVivian Caccuriさんと機材チェックを行いました。ブラジルでは基本的にポルトガル語以外通じない(なんと、SESI Art Galleryの受付でも英語が通じない)のですが、FILEのスタッフは全員、英語に堪能です。

しばらくすると開場し、あっという間に8割がた席が埋まりました。階下の展示会場とは打って変って、来場者は真剣そのもの。公園と同じく、さまざまな人種の来場者が同席しているようすが興味深い。各発表者は20分プレゼンテーション+10分質疑応答=合計30分の持ち時間で講演します。



上の画像はブラジルのAgnus Valenteによる「Aesthetic and political intervention in the Digital City:VENDOGRATUITAMENTE.COM」の発表。内容はかなり専門的で高度でしたが、来場者はとても熱心に聞き入っています。この日のどの発表においても、10分の質疑応答の時間がきっちり無くなるほど、積極的な質問が飛び交い、熱っぽい雰囲気でした。また、会場では同時通訳が用意されており、レクチャーの内容をポルトガル語と英語で聞くことができるようになっています。

当日のシンポジウムでは、日本人参加者として徳久悟さんと私が参加しました。



徳久さんは「Nervixxx: An entertainment system for VJ performance with EMG and EEG」を、私は「Archidemo: Architecture in Metaverse」をそれぞれ発表しました。YouTubeで私の発表のようす(ダイジェスト)をみることができます。会場の雰囲気が少しは伝わるかも知れません。






FILE Sao Paulo 2008の会場は決して広くはなく、展示作品の数もそれほど多くありません。また、最新の作品ばかりが集められているわけではなく、過去にSIGGRAPHやARS ELECTRONICAなど欧米諸国で発表された作品も含まれています。しかし、スタッフと来場者がつくり上げている温かい空気、華やいだ雰囲気は、特に日本から訪れた私にとって新鮮で、好ましく思えるものでした。

そこにあるのは、会社帰りや学校帰りに気軽に立ち寄り、笑顔で楽しむメディアアートの空間でした。日常のなかに無理なく存在しており、気取った展覧会とはまったく異なる「アートの場」がつくられています。今後、日本で開催されていくアートフェスティバルにも、この空間を「輸入」してみたいものだ、と強く感じました。この記事をお読みになった皆さんも、機会があればぜひ、地球の反対側で開かれる「FILE」の空間を訪れてみてください。

渡邉英徳